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軍都から学生街へ 大久保の変容の論文

軍都から学生街へ 大久保の変容の論文

大久保の歴史について検索していたら、次のような論文に当たりました。ある大学の学生さんが研究してくださったようです。

大久保学園商店街の変容過程

長い論文ではないのですが、大変分かりやすく論旨をまとめられており、戦時中の大久保から現代までの変容が分かるようになっております。

図版も多く、古い地図を見ていると、ここにはあれがあり、あそこはあのようになっていたのだ、と感慨深いです。

下田園は大久保商店街で60年代に始まったのですが、騎兵隊があったなごりで、そのころは確かに周囲に乗馬服のお店が多かったそうです。当店が昔あった場所の隣は、近日閉店された薬屋さんでしたが、薬局になる前はやはり乗馬服を作っていたそうです。

それ以外にも数点そのような店があったということですが、なかでも当店隣の職人さんは腕がよく、宮中からお呼びがかかり、宮内庁のお抱えだったようです。後年表彰され、そのときの副賞の恩賜のたばこを見せていただいたというのが、母親の思い出話です。もう50年も前の事となります。

80年代になる直前にJR津田沼駅前が開発されるまでは、習志野の一番の町は大久保だったということです。自分もそのころのことを少し覚えています。夕方などはとにかく人の流れが多くて、今とは比べ物になりませんでした。

今のセブンイレブンやbigecho辺りには、イオンの前身の扇屋もありましたし、なんと丸井があったりもしました。そのころの丸井は現在のファッションビル形態とは違って、月賦売りの百貨店だったのですが。その丸井の後には、のちのジョーシンの前身であるデンキランドという大型の家電ショップがありました。この建物は先日までサイゼリアが入っていましたが、現在は鳥メロなどの居酒屋飲食店が入っています。

また商店街というと昭和のノスタルジーの面から語られやすいのですが、現実には関わる人の立場や利益がそれぞれ違うので意外と複雑です。同じ会社でも部署やポジションによって考えが様々なように、商店街も同じです。

そういう現実的な面も、商店の変容など、この論文から少し透けて見える部分があり、単に懐古趣味だけではない面白さもありました。

どうぞ一度ご覧ください。

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